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本と本屋と

第2回 箱入り本

 


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電子かたりべ
 分売不可という本がある。セット販売のみでばら売りはできない。

 「シェーラーの本ってどんなのがある?」とふいにたずねられた。シェーラー、と一瞬立ち止まってから、棚にご案内する。『平和の理念と平和主義』(富士書店)、『マックス・シェーラーの人間学』(創文社)、『愛と知の哲学』(共栄書房)、「これだけ?」確かに少ない。検索するとほとんど出版社で品切れになっている。いや、そうかもうひとつすごいのがあった。『シェーラー著作集』白水社、全15巻、58800円、分売不可。白い箱を指さすと、お客さまは「はあ」と苦笑いするのみ。結局『マックス・シェーラーの倫理思想』(以文社)を注文して帰られた。そのあと箱を開けてみると、きれいな白い本が並んでいてびっくりした。正直いって普段は箱にしか見えていなかったので、本が入っているのを忘れていた。お客さまに念入りにお見せしたら、買ってくださったかもしれない。

 冒頭の本は、こうした「分売不可」の片割れである。セットの箱はもとからなく、ビニールで包まれてさえいなかったので、2冊セットの1冊だけを買っていかれたお客さまがいらしたのだ。セット価格で1冊のみ買われたわけである。
 そう、もちろん書店が悪い。ビニールでも輪ゴムでもかけるべきだったし、レジでも気づかなきゃいけなかった。でもねえ。1冊ずつに値段があって、(分売不可)と小さく書いてあるだけでは、なかなかわからない。歴史や仏教にこういう本が多い。あまり書店の棚に並ぶことは想定されていないのだろう。

 分売もセット販売も可、という本もある。セットで入ってきたものをばらして売ることもできる。

 『岩波講座アジア太平洋戦争』(岩波書店、全8巻、28770円、分売可)の在庫がどうしても見つからないことがあった。データ上では1冊ずつあるはずなのに、ない。問い合わせを受けて途方に暮れていて、はっと思いだした。全巻完結したとき、セットも入れてもらったのだ。『シェーラー著作集』と同じく「箱」にしか見えていなかったので、すっかり忘れていた。お客さまはすでに4巻だけ買われていたのだが、「箱も欲しい」とおっしゃるので、4巻を抜いてお渡しした。もちろんお会計は1冊ずつ。

 小学校の国語の教科書から編まれた『光村ライブラリー』(光村図書、全18巻、18900円、分売可)は、表紙にも箱にも100%ORANGEのイラストが描いてあって、ものすごくかわいい。これもバラで売ってしまって、店の担当者が嬉々として箱を持ち帰っていた。

 音楽なら1曲から(あるいは曲の一部だって)買える時代に分売不可というのは、すごく重苦しい気もする。でも、その扱いにくさも含めて大事にしてあげたい。自分にとって余分なものまで入っていてこそ、本だ。普段は箱にしか見えなくても。

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