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本屋になる

第7回 本を並べる

 立体が苦手で、地図が読めない。空間ベクトルの問題も解けなかった。
 本を読むぶんには二次元でよくても、売るには三次元の頭が必要になる。棚を埋めるのに何冊の本が必要なのか、いまだにわからない。あふれんばかりの本を用意したつもりなのに、並べてみたらガラガラだったという恐怖を何度味わったか。箱より棚のほうがたくさん入るんだなあと毎回思う。

 今年の秋は出店が続いた。というと業務拡大のようだがそうではなく、期間限定のイベントがあった。

 ひとつは、宜野湾市のカフェユニゾンで「カフェユニゾン×市場の古本屋ウララが選ぶ、本棚に並べたい本」と題して、1ヶ月間カフェの壁面に本を置かせてもらった。
「定番でも読んでない本ってたくさんあるでしょう。特に若い人は。そういうのをきちんとそろえてみたいんです」
 と、カフェのオーナーの方に声をかけられたのがきっかけだった。
 ただ、「絶対読むべき100冊」とかいうと重いので、力を抜いて「本棚に並べたい本」。読んでいなくても、「持ってます」と言えるだけでもいいじゃないか。自分自身の積ん読を正当化したい気持ちもあった。
 カフェユニゾンは2階にあり、突きあたりの一面が窓になっていて、海や並木を見下ろしながらゆったり過ごせる。広々とした店内にいるだけで呼吸が深くなる。
「どんなふうに並べたいですか? 棚はいくらでもつくれますよ」
 なんとなくこんな感じ、と思っても言葉にならない。もたもたしているうちにスタッフの人たちは板を手にして打ちつけはじめ、
「もう少し上にしよう」
「そっちに一段増やそうか」
と、その場で次々に棚と台をつくっていった。
「どうですか」
「すごいです」
 まっさらな状態では動けなくても、棚さえあれば並べられる。本が足りなくてまた冷や汗をかきつつ、場所をぜいたくに使って体裁をととのえた。別の日に補充をして本を入れ替えてみたり、いつもはできない面陳にPOPもつけてみたりして、楽しかった。

 もうひとつは、私の店のすぐ近所にある珈琲屋台ひばり屋での「空と読書と美味しいモノ〜ひばり屋のお庭で青空古本市ですの〜」。11月最初の土曜日、ひばり屋の原っぱのような庭に古本屋やパン屋があつまる。
 什器は自分で用意しなければいけないのに何も持っていない。先輩古本屋のちはや書房さん、言事堂さんがあれこれ貸してくれた。手づくりの棚を見ながら、
「なるほどこうするのか」
「これはまねできない」
とひそかに学ぶ。いつも他の古本屋に行っても本に気をとられていたけど、むしろ什器を見るほうが大事かもしれない。並べなければ売れないのだから。
 木の実に集まってくる鳥を見ながらパンを食べコーヒーを飲み、本は日に照らされ、ぜいたくな一日だった。

 自分の店に戻ってきて、あらためて棚を見る。
9割は前の店の人のものをそのまま使っている。最初から棚がある状態を見ているからほかのかたちが想像できないし、本さえ置ければなんでもいいと思っているのでありがたく譲りうけた。
 あとの1割は開店準備を手伝ってくれた(というより全部やってくれた)人が、
「ここにも本が置けるんじゃない?」
とつくってくれた。
 疑いもなく使ってきたけれど、もっと本がたくさん置ける棚、良く見せられる棚もあるのかもしれない。
 狭い店で、棚以外のところに本を置くことはいっさいできない。古本屋というと、散らかっていて崩れそうななかからジェンガのように掘り出し物を見つけるというイメージを持っていたのに、幸か不幸か片づけておくしかない(そのかわり家は玄関まで本が流れ出している)。だからこそ、棚が店の在庫の量を左右する。
 古本屋を始めて1年。とにかく開店できればよし、というところからそろそろ進まないと。棚から考えて変えられるのが自分の本屋なのだから、いつまでも立体嫌いではいられない。




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