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本屋になる

第1回 本を運ぶ

 本は売れないよ、商売するのは大変だよ、体を壊すよ、古本と新刊は違うよ、などなど。数々の忠告を聞き入れず、新刊書店を辞めて古本屋を始めることにした。
 「大丈夫です」
と論理的に説得することなんてできない。ただ、やってみなければ気がすまない。

 今日は10月31日。開店11日前である。会社を辞めてから3ヵ月、車の免許を取り、自宅を引越し、友人知人から本を譲りうけ、古本屋の組合の市会に参加し、古物商の申請をし、ゆっくり態勢を整えてきた。まだ店は始まっていないけれど、少しずつ古本屋になろうとしている。

 「本は重いよ」
という忠告には、
 「本を運ぶのには慣れています」
と反論していた。新刊書店で働いていた自負があった。
 が、甘かった。古本屋の本の運搬は、もっともっと大変だった。

 新刊書店ならば、運送業者が運んできた商品を荷受し、エレベーターに載せて、売り場まで台車で運ぶ。移動は店のなかに限られ、動線は確保されている。
 古本屋だと、例えばお客さんの家から自分の店まで自力で運ばなければならない。エレベーターのないアパートの4階から20箱おろす、ということもありうる。車が近くに止められなければ、歩道を台車を押していかなければならない。段差で荷物が崩れて、道に本をばらまくこともある。後部座席いっぱいに段ボールを詰め込んで、バックミラーで後ろが確認できない状態で走ったりもする(なお、私はまだひとりでは運転できない)。

 古本屋の人たちが使っている段ボールは小さく見えて(パイナップルやお菓子の箱が多い)、取次の段ボールならきっちり隙間なく詰められるのに、と思っていたが、腕で抱えて運ぶことを考えると、小さな箱にゆったり詰めたほうがいい。ついつい1冊でも多く詰めたくなってしまうが、これを持って自分が階段を上り下りするのだと、肝に銘じておかなければいけない。

 店を開けたら驚いたり不安になったり疲れ果てたりすることがどんどん出てくるだろう。忠告を聞いておけばよかったと後悔するかもしれない。自分で決めたとはいえ、おそろしい。でも、ワクワクしたりうれしかったりすることも、今まで以上に増えるはず。そう思うから、やりたいのだ。

 皆さま、これからもよろしくお願いします。
 追伸:忠告よりも、本をください。


 編集部より
 「本と本屋と」(宇田智子)をご笑覧いただきましてありがとうございます。筆者の宇田さんがジュンク堂書店を退社して、いったんは連載を25回で終了しましたが、この11月より那覇の地にて心機一転、古本屋<ウララ>の店主としてリスタートすることになりました。
 新刊書と古書の違いこそあれ同じ<本>の世界です。タイトルも「本屋になる」として隔月連載します。今月はその1回目となります。
 今後ともどうかよろしく暖かいご声援をお願いします。(し)




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